12/1-2 @氷見『山が水をごきげんよく出してくれる造作』

・・・・・以下、Facebookイベントページから転載・・・・・

今年3/21(春分の日)にスタートとした氷見での坂田昌子さんのガイドツアー&WSから早一年。
今年を締めくくるWS@氷見となります。
以下、
坂田さんからのメッセージです。
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本年の春から、氷見市十二町の早川邸裏山の手入れを継続して行ってきましたが、今回より「宝泉園十二峰回復プロジェクト」と名付けて取り組むことになりました。
十二町には、今もわずかに潟が公園として残っていますが、もともとは大きな水郷地帯でした。潟とは、砂丘などによって、海から切り離されてできた湖や沼のことで、海水から淡水に移行したところです。
ここは、かつて縄文時代には海でしたが、縄文後期より海の水位が下がり、氷見砂丘が生まれ、十二町潟は海と切り離されました。平安時代には、万葉歌人の大友家持が「布施水海」と歌で詠んでいますが、貴族だけでなく住民たちも魚を獲り、舟遊びをしたようです。
潟は、陸域と水域があるだけでなく、陸と水の合わさる所となる移行帯があり、生物多様性が非常に豊かなところです。多様な水鳥や魚類、植生に恵まれていたことでしょう。
水田も湿田で、田舟を使った農作業が行われていました。しかし、大雨が降るたびに洪水に見舞われるため、農民たちは排水路を求めました。大変な費用がかかるため、加賀藩の許可はなかなか出なかったのですが、富豪の矢崎嘉十郎が尽力し、排水路は明治2年に完成、その後どんどん乾田化、陸地化が進みました。
矢崎嘉十郎の元邸宅が今の早川邸。いま、わたしたちが手入れをしている場所です。
海水から淡水への移行が可能であったのは、山からの豊かな湧水です。
裏山は十二の峰がつらなり、水を涵養し、清水をあちこちから湧き出させていますが、残念ながら今は竹藪。山全体が竹に飲み込まれ、広葉樹は次々枯れている状態です。
水の湧き出し口は、泥に埋もれ、水は気持ちよく出てくることができません。
現早川邸の蔵から、かつて書や絵をたしなむ知識人がこの邸宅に客人として訪れ、残した絵巻物が出てきました。その絵巻物には、庭とその景観を褒めたたえ、この場所を「宝泉園」と記していました。いたるところから、宝の泉が湧きいずる園。
その泉を支えているのは、十二の峰を持つ山。
このプロジェクトは、山と庭をもう一度、水でつなぎ、多様な生き物たちにとっても、人にとっても宝の泉が湧きいずる所に戻していくことを目的としています。
今回の作業は、山と庭の境界となる部分に、枝や落葉を使った伝統的な工法、枝がら(しがら)を組み、山からの水が気持ちよく出てこれるようにする造作を行います。
あちこちにある湧き出し口を探しながら、枝がらを組む楽しさを味わってください!
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【日時】
12月1日(金)、2日(土)
ともに9:00〜16:00
【作業内容】
6月に行った山裾のしがら作りをさらに横へと延ばしていきます。
しがらを作りながら、山の水の湧き出し口を見つけるというお楽しみもあります。
【参加費】 無料
【ご飯】
昼ご飯/夕ご飯ともにこちらで用意します(無料)
※ご飯は、山主さんから、作業してくださったみなさんへのお礼をこめてのおもてなしとなりますので、その旨深くご理解ください〜
【宿泊希望の方】
formのほうに詳細ありますのでご記入ください。
※集合場所や持ち物は追って、このページに追記していきます
【お申し込み】
以下Google formにご記入のうえ送信ください。
https://docs.google.com/forms/d/1W0VLUgas8Ktdb4AX4BME21nAWap_jQ_y7qAn62OaRQM/viewform?fbclid=IwAR3uBf9DTlpXhuWo6T_DUihcu9tzK8P48P95MpCuR6sQjB81mWonAIkSjGs&edit_requested=true

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